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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)2525号 判決 1982年2月16日

原告

嵯峨山吉隆

被告

氏森敬雄

ほか二名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自五一万二七九七円及びこれに対する昭和五六年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

4  その判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは、各自原告に対し、二七五万六六四〇円及びこれに対する昭和五六年四月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年七月五日午前九時ころ

(二) 場所 大阪市鶴見区茨田浜町八〇九番地先道路

(三) 加害車 普通貨物自動車(泉四四め九〇六五)

運転者 被告氏森敬雄(以下被告氏森という)

所有者 被告松尾仁寿男(以下被告松尾という)

(四) 被害車 原動機付自転車(東淀あ九一九四)

運転者 原告

(五) 態様 本件事故現場に西進してきた加害車が道路北側へ右折中、東進してきた被害車に衝突

(六) 原告の受傷 右腓骨々折、右前腕挫創、右胸部挫傷等

2  責任

(一) 被告氏森(民法七〇九条)

同被告は、加害車を運転して西進し本件事故現場で道路北側のアカツキ工業株式会社に右折して進入しようとしたが、その際、道路を東進してくる車両の有無等を確認して右折すべき注意義務があるのに、これを尽くさないで右折進行した過失により、東進してきた原告運転の被害車に自車前部を衝突させて転倒させ、原告に傷害を負わせた。

(二) 被告松尾(自賠法三条、民法七一五条)

同被告は、運送業を営み、被告氏森を自動車運転手として雇傭し、被告松尾所有の加害車による運転業務を行わせていた。

(三) 被告杉山金属株式会社(以下被告会社という。自賠法三条)

同被告は、被告氏森の運転する加害車の所有者である被告松尾と専属的な運送契約を締結し、その車体に自社の名前を記載することを承諾して、加害車を自己の営業のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 治療経過等

原告は、本件事故当日の昭和五四年七月五日和田病院で治療を受け、同月六日から同年一〇月三一日まで一一八日間東永外科内科に入院し、同年一一月一日から昭和五五年三月二八日まで同医院に通院(実日数三五日)し、同日治癒との診断を受けた。

(二) 東永外科内科での治療費 一三〇万三六七〇円

(三) 付添看護費 三五万四〇〇〇円

一日当り三〇〇〇円として、これに入院日数一一八日を乗じたもの

(四) 入院雑費 一一万八〇〇〇円

一日当り一〇〇〇円として、これに入院日数一一八日を乗じたもの

(五) 交通費 七〇〇〇円

(1) 昭和五四年七月五日城東警察署で本件事故の状況説明をすませた後に自宅に帰るまでのタクシー代 二〇〇〇円

(2) 同月六日原告の実姉が和田病院に診断書及びレントゲン写真を入手するために出向いた際の自宅と右病院間の往復のタクシー代 五〇〇〇円

(六) 休業損害 一一一万六〇〇〇円

原告の本件事故前の月収は一一万一六〇〇円であり、原告が休業したのは昭和五四年七月五日から昭和五五年四月三〇日までの一〇か月間であるから、休業損害金は一一一万六〇〇〇円となる。

(七) 慰藉料 一七一万円

原告は本件事故により入院四か月通院五か月の加療を余儀なくされ、その間激痛に悩まされる等金銭では計り得ない苦痛を受けた。

(八) 弁護士費用 四五万円

4  損害の填補等

(一) 自賠責保険からの受領 一二〇万円

(二) 被告松尾からの支払 一一〇万二〇三〇円

5  よつて、原告は各自被告らに対し、前記3の損害合計五〇五万八六七〇円から前記4の合計二三〇万二〇三〇円を控除した二七五万六六四〇円及びこれに対する訴状送達の後である昭和五六年四月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)は争う。同2(二)は認める。同2(三)のうち、被告会社が加害車を運行の用に供していたとの部分は争い、その余は認める。

3  同3(一)ないし(六)は不知。同3(七)、(八)の損害額は否認する。

4  同4は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故当時東行車両は連続渋滞し、被告氏森運転の加害車は東行車両の間隙をぬつて道路北側のアカツキ工業株式会社の構内(出入口の幅員七・二メートル)に右折進入しようとしていたもので、その際、右会社前にさしかかつていた東行車両が加害車を認めて停止し、右折可能な車間距離が生じたので、加害車は時速約一〇キロメートルで右折していたところ、おりから東行渋滞車両と歩道との間隙一・八メートル部分を時速三〇ないし四〇キロメートルで東進して来た原告運転の被害車と衝突したものである。ところで、原告は本件事故現場を通勤のため毎日のように往来しており、現場北側にアカツキ工業株式会社の出入口が存することを知り、右出入口前の渋滞車両に間隙が生じていたことも知つていたはずである。

従つて、原告としては、右会社出入口手前に車両が停止しておれば、右出入口から車両が出てくるか、あるいは西行車線から車両が右折北進してくることを予測し、これに対応するため減速一旦停止等の措置をとるべきであつたのに、これを怠り、漫然と進行したのであるから、原告の過失は大きく、本件事故につき四割程度に達するものと思料する。

2  和解契約

原告と被告松尾との間には、昭和五四年七月二五日ころ、被告松尾の責任の有無を問わず原告休業中は月額五万円ずつを支払う旨の和解契約が成立した。

従つて、被告松尾は月額五万円の分割払にて原告に対する損害賠償債務を支払う責任はあるとしても、一時にこれを支払う責任はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2は否認する。原告は生活費に窮したので、被告松尾に対して、とりあえず少くとも毎月五万円を支払うよう求めたところ、同被告が損害賠償責任を認めて毎月五万円の支払をなしてきたものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  責任

1  被告氏森について

成立に争いのない甲第七号証、本件事故現場であることに争いのない検乙第一ないし第三号証、原告本人及び被告氏森本人の各尋問の結果によれば、本件事故現場は、東西に通ずる両側二車線の道路で、北側東行車線の幅員は五・三五メートル、南側西行車線の幅員は五・五五メートル、北側歩道の幅員は一・九メートル、南側歩道の幅員は二・四五メートルであり、道路北側にはアカツキ工業株式会社の構内への出入口幅七・二メートルが存すること、被告氏森は加害車を運転して右道路を西進し、本件事故現場において西行車線から北ヘアカツキ工業株式会社出入口に向かつて右折するため、右指示器を出して道路中央東行車線手前に停止していたところ、右出入口手前で東行の大型貨物自動車(一〇トン単位)が停止し、その先行車との間が五・一五メートル位開き通り抜け可能となり、加害車は発進して時速約一〇キロメートルで右折進行し、同車前部が北側歩道手前約一・八メートルに達した際、被告氏森は、右大型車と北側歩道との間一・九メートルの車道部分を東に時速約三〇キロメートルで進行してくる原告運転の被害車を発見し、急制動の措置をとるも間にあわず、自車右前部を被害車の右前側部に衝突転倒させたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、被告氏森から右大型車の北側の見とをしはできず、大型車と歩道との間の車道部分の幅員からみても、単車等の通行は十分可能であつたものと認められるので、かような場合、被告氏森としては、渋滞車両の北側を進行してくる単車等の有無を確認し衝突等の事故発生を未然に防止するため十分に減速徐行して右折進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約一〇キロメートルで右折進行した過失があるものというべきである。

2  被告松尾について

請求原因2(二)は当事者間に争いがない。

3  被告会社について

被告会社が、加害車を所有する被告松尾と専属的な運送契約を締結し、その車体に自社の名前を記載することを承諾していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七号証、被告松尾本人尋問の結果によれば、被告松尾は被告会社の工場受渡課主任としても働いており、自己所有の車両二台(そのうち一台は被告氏森の運転する加害車)で被告会社の荷物だけを運搬していたこと、本件事故当時、加害車は被告会社からアカツキ工業株式会社への荷物の運搬の業務の途中であつたことが認められ、右のような諸事実からすると、被告会社は加害車の運行に対する支配と利益を有するものというべく、その運行供用者としての責任は肯認しうるものと解される。

三  損害

1  治療経過等

成立に争いのない甲第一ないし第四号証によれば、請求原因3(一)が認められる。

2  東永外科内科での治療費 一三〇万三六七〇円

成立に争いのない甲第二、第四号証によれば、請求原因3(二)が認められる。

3  付添看護費

原告は、付添看護費として一日当り三〇〇〇円で入院日数一一八日分三五万四〇〇〇円を主張し、証人嵯峨山房子の証言、原告本人尋問の結果中には、原告の症状が付添看護を要するとの部分が存するけれども、成立に争いのない甲第一、第三号証によると、入院中治療にあたつた医師は付添看護を要しないとの判断を下していた事実が認められることや原告の傷害の部位程度等に照らすと、前記各供述はただちに採用し難く、付添看護費用は認め難い。

4  入院雑費 一一万八〇〇〇円

証人嵯峨山房子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の入院中の諸雑費としては、一日当り一〇〇〇円で入院期間中合計一一万八〇〇〇円程度を要したものと認められる。

5  交通費

(一)  原告は請求原因3(五)(1)のとおり主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分もあるが、捜査機関への出頭については、事故当事者の当然の義務と解されるほか、捜査当局が取調の必要性や関係者の身体的状況等を考慮したうえで下す判断に基いてなされるものであつて、事故と右出頭との間にいわゆる条件的な因果関係があるとしても、これに他者の重要な判断が介入する以上、もはや相当因果関係はないものというべきであるから、右主張は採用できない。

(二)  原告は請求原因3(五)(2)のとおり主張し、証人嵯峨山房子の証言中にはこれに沿う部分もあるが、この場合の交通費は、診断書とレントゲン入手という事故からいえば後発的事情にさらに付随する出費であり、しかもタクシー使用の必要性等その他具体的出費額について適確な資料もないので、右主張はただちに採用し難い。

6  休業損害 八二万一八六四円

原告本人尋問の結果、これにより成立の認められる甲第五号証、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、父の経営する東立鋼鈑で従業員として資材の運搬等の業務に従事し、その月収は一一万一六〇〇円を下らなかつたものと認められる。

原告の受傷や入通院状況については前記認定のとおりであるほか、退院後の通院状況の詳細については、成立に争いのない乙第五号証の二によれば、実診療日数は、昭和五四年一一月が一九日間、同年一二月が九日間、昭和五五年一月が三日間、同年二月が二日間、同年三月が二日間であつたことが認められる。右認定の入通院状況からすると、原告が本件事故の日から昭和五四年一二月末日までの一八〇日間休業するも余儀ないものと認めるのが相当である。そこで、右全休期間の休業による損害は、月収一一万一六〇〇円に年間月数一二を乗じ年間日数三六五で除し休業日数一八〇を乗じて得た六六万〇四二七円となる。

ところで、原告は昭和五五年四月三〇日まで休業したと主張するが、仮にそうだとしても、前記認定のように同年一月以降通院日数もごくわずかとなり、症状も徐々に改善していつたものと推認できるので、これに伴い同月一日以降治癒との診断の出た同年三月二八日までの間徐々に軽度の作業からより重度の作業に従事しうる状態に回復していつたものというべきであるから、原告の従前の作業内容等をもあわせ考慮すると、本件事故と相当因果関係にある右期間中の休業損害は、右期間を通じて全休による損害の場合の二分の一と認めるのが相当であり、それ以降の休業は何ら本件事故と相当因果関係がないものというべきである。そこで、右期間中の損害額を算出すると、月収一一万一六〇〇円に年間月数一二を乗じ年間日数三六五で除し右期間日数八八を乗じてこれを二で除した一六万一四三七円となる。

7  慰藉料 一二〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位程度、入通院状況等その他本訴にあらわれた一切の事情を総合考慮すると、慰藉料としては一二〇万円を相当と認める。

8  合計 三四四万三五三四円

四  過失相殺

成立に争いのない甲第七号証、本件事故現場であることに争いのない検乙第一ないし第三号証、原告本人、被告氏森本人の各尋問の結果によれば、原告は本件事故現場道路を通勤のため毎日のように往来していたこと、アカツキ工業株式会社出入口前の歩道部分は車両の出入のため車道との段差が他の歩道部分よりも低くなつており、このことは容易に判別し得ること、原告は、渋滞連続している東行車両の北側の歩道との間の部分を東へ時速約三〇キロメートルで進行していたが、渋滞車両のため西行車両の状況等進路右前方の見とおしは悪く、本件事故現場で大型貨物自動車の前方に右折進行中の加害車を約五メートル手前で発見し急制動の措置をとつたが間にあわず、衝突したこと、以上の事実が認められる。

右認定事実及び前記二1の事実によると、本件事故の主要な原因が、被告氏森の右折時における前記過失にあるといえるにしても、他方、原告においては、進路右側の渋滞連続した車両のため右前方の見とおしが悪いのであるから、このような場合、右渋滞車両の車間距離や進路左側の車両の出入口の状況等に注意し、前方を注視し、適度の減速をして、対向車線からの右折車両等との衝突等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約三〇キロメートルの速度で進行していた過失があるものということができる。

そこで、原告側の過失を本件損害賠償額の算定にあたつて斟酌すると、その程度は、前記認定の事故の状況、双方の過失の内容等からして、前記損害合計額から二〇パーセントを減ずるをもつて相当と解する。従つて、損害賠償額は二七五万四八二七円となる。

五  和解契約

被告らは抗弁2のとおり主張するけれども、成立に争いのない甲第八、第九号証の各一、二、第一〇号証、第一一号証の一、二、被告松尾本人尋問の結果によれば、原告と被告松尾らとの間では容易に示談成立に至らず、昭和五四年八月ころ、原告の代理人から被告らに対し、損害賠償額の総額についての合意はともかく、原告の生活維持のためとりあえず損害賠償金の内金として月々五万円ずつの支払の要求がなされ、被告松尾においてその支払をなしてきたことが認められるものの、右支払の事実をもつて、被告松尾が最終的に全損害賠償について分割払の権利を取得したものとは到底いい難いところであり、他に右主張事実を認めるに足る証拠もない。

六  損害の填補等 二三〇万二〇三〇円

請求原因4は当事者間に争いがない。

そこで、前記四の過失相殺後の損害賠償額から右填補等の額を控除すると四五万二七九七円となる。

七  弁護士費用

本件認容損害額及び本訴経過等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は六万円をもつて相当と認める。

八  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自五一万二七九七円及びこれに対する訴状送達の後であることが記録上明らかな昭和五六年四月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

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